東京では桜も見ごろ。汗ばむほどの春の陽気だ。
「桜は満開もいいけど、つぼみもいいし、散ったあとも風情があるな」と、もともと浮かれ気味の僕は、ビール片手にますます浮足立った日々を送っている。
そんなある日。山あいの簡素にして優雅な森で一日を過ごしていたら、なんと寒気団とやらがやってきた。そればかりか、夕方からは北西の風に乗って雪が舞いはじめるではないか。
「世間は春だよ、春。勘弁してよ」とお願いしても、地球は「おまけ」をしてくれない。
ムササビウイングの下で眠るつもりだったから、テントは持ってきていない。
こうなったら、薪をいっぱい集めて、焚き火のそばで一夜を過ごすしかあるまい。
完全に油断していた。
「あれ!」を、持ってくるべきだったのだ。
「あれ」とは……。
燃えないウェアに寝袋のことだ(せいかくに記すなら「燃えにくい」である)。
メイド・イン・ジャパンのダウン製品を作る『ナンガ』が、ケブラー素材を使ってダウンのジャケット&パンツを作ったのだ。
表地に、ポリエステルにケブラーを配合した生地を採用することで、高い難燃性を生み出した。
ケブラーは、消防の防火服にも使われている素材。高強度、難燃性、耐熱性など幅広い対応力をもつ。だれもが憧れる「質実にして剛健」な素材なのである。
さらに、カヤックガイドをやっている友人の大瀬志郎『グランストリーム』は、『ナンガ』と共謀して、この素材を使ったダウンの寝袋を作ったのだ。
(『ナンガ』のことは、2016年1月20日更新のこのBlogでくわしく書いている。そちらを読んでください<http://blog-hotta.wild1.co.jp/?p=4041>。ぜひ)
僕は、ムササビウイング焚き火バージョン(オールコットン)と、これら3種の計4アイテムを焚き火「黄金のカルテット」と、呼んでいる(1980年代、サッカーのブラジル代表の中盤の4人は、「黄金のカルテット」と呼ばれていた。すいません。トニーニョ・セレーゾさん、ファルカンさん、ソクラテスさん、ジーコさん。名称、パクりました)。
燃えない男といっしょにいると、うんざりする。でも、燃えにくい素材のカルテットは、焚き火ばかりやっている僕としては、うれしいアイテムなのだ。
これらとともに過ごすと、焚き火との距離がぐっと近くなる。
明日からは、まだまだ雪深い北陸の山へ出かけるつもりだ。
で、今度こそは「黄金のカルテット」を忘れずに持っていく。準備のいちばんはじめに、このカルテットをトートバッグへ詰めた。
そこで、またまたうれしいことに気がついた。このカルテットから、前回の焚き火旅を思いだせてくれる匂いがあふれ出てきた。
僕の物置に鎮座している「黄金のカルテット」は、いつぞやの焚き火旅の匂いにまみれているのである。
旅の前日から、気分は盛り上がる。
でも、そんなことより読者にとっていちばん気になるのは、「この素材、ほんとうに燃えないのか?」ということだろう。
ではここで、いつぞやの焚き火の夜の話を。
『ナンガ』と寝袋を共同開発した大瀬と、「実験してみるか」ということになった。
で、赤く燃え盛る火の粉を、寝袋に恐る恐るばらまいた。
と、……。
燃えはしないけど、やがて表地が「とろっ」と、とろけた。
焦げ目ができ、小さな穴があいた。
その結果に、「じゅうぶんに許容範囲だな」という結論を、僕たちはくだしたのだ。
結果に満足した僕たちは、さらにワインを飲んだ。
そして、燃える男も、燃えない素材も、ますます「とろける」夜となっていったのだ。