3月に入ると、「うずうず」してくる。
花粉で「むずむず」ではない。
多くの人たちが春の気配を感じ、雪遊びのことを忘れだすころ、僕はテレマークスキー板を眺めながら、「どこへ行こうかな」と考えはじめるのだ。
スキーシーズンは終わり、クローズされるスキー場も多い。しかも、山深くへ続く道路の除雪は終わっていない。
だからといって、山へ入るのをやめるわけにはいかないんだ。
そりゃ、リフトが動いていれば、あるいは道の除雪が進んでいれば、歩きは二、三時間ほども短縮されるだろう。でも、リフトがあるから山へ行くわけではないし、道があるから山の奥を目指すわけではない。
その向こうへ行ってみたいから、歩き続けるのだ。
そうなのだ。春は、残雪の山をテレマークスキーで旅するのに、最高の季節なのだ。
さて、この春はどこへ行くか。
そんなとき、まず眺めるのは地形図だ。
いまでは、地形図をパソコンのモニター上で見ることできる。
ここから歩きはじめて、このピークへ登って尾根沿いに北へ行く。で、この小ピークを越えたら東側の尾根に取りつき……。
さらにこっちへ下っていけば、小さな集落がある。そしてそこには温泉宿があるから、そこで一泊だな。
地形図を眺め、そんなふうに考えながら夜を過ごすと、時間はいくらあっても足らない(もちろん、ワインとチーズの消費も進む)。
テレマーク旅では、移動距離や高度差を考えるのは当たり前だけど、もうひとつ大事なことがある。
それは、斜面の斜度だ。
その山には、どの程度の斜度があるのか。これを知らないことには計画を立てられない。
と同時に、斜度を知ることで、旅への想像力は大きく広がっていく。
25000分の1の地形図には、等高線が高度差10メートルおきに入っている。
この等高線が、地図上の1センチのあいだに10本あると、距離250メートルで100メートルの高度差ということになり、斜度はだいたい20度ぐらいとなる。
華麗に滑降するなら、これぐらいがいいな。などと、わがテレマークターンの姿を思い描きながら等高線を見ているのだ。
斜度20度ぐらいで勘弁してもらいたいところだが、日本には急峻な山が多く、等高線がぎゅうぎゅうに詰まっているところが多い。1センチに20本も等高線がつまっていると斜度は40度近くになる。
40度といえば、上に立つと斜面はまるで垂直の壁のように見える。
アルゼンチンまで滑り落ちていくのでは、というほどの恐ろしさを感じるほどだ。急峻な山が多い日本では、ときにはそうした場所に出くわしてしまう。ま、そうなったらタンゴでも踊りながら落ちていくしかない。
というわけで、3月も終わりに近づいたある夜。僕はワインを飲みながら、東北地方の地図を眺めているのだった。