南アルプスの宝玉イワナ

南アルプスの宝玉イワナ

少年の目をした三人が、渓流を歩く。 テンカラロッドを手に、ぼくたちは野呂川を遊びつくしたのだ。

「ここなら、ぜったい間違いないです!」と、太郎。 「ぜったい?」と、わたくし。 「ぜったいです。この川には、『ぜったい』イワナがいます!」 春の胸騒ぎから、早4か月。 夏本番となり、いよいよ山岳渓流へと出かける日がやって […]

「ここなら、ぜったい間違いないです!」と、太郎。
「ぜったい?」と、わたくし。
「ぜったいです。この川には、『ぜったい』イワナがいます!」
春の胸騒ぎから、早4か月。
夏本番となり、いよいよ山岳渓流へと出かける日がやってきたのだ。

われわれが向かったのは、両股小屋周辺。乗り合いバスを降りて、2時間半の林道歩き。この退屈な距離が、イワナを守っているのかも。

われわれが向かったのは、両股小屋周辺。乗り合いバスを降りて、2時間半の林道歩き。この退屈な距離が、イワナを守っているのかも。

というわけでぼくたちがいま立っているのは、南アルプス山麓をくねるように流れる野呂川上流。
手にはテンカラロッド。
目は少年のようにぎらぎらしているが、はやる心を人には見せないよう、動きはのんびりと。
メンバーは、昨秋のテンカラフィッシング行と同じ。
釣りキチ少年の心をもつ太郎くんと、店長と、わたくし。

途中、雨にもみまわれた。

途中、雨にもみまわれた。


沢の増水で、靴を脱いで歩くところも!

沢の増水で、靴を脱いで歩くところも!

毛鉤釣りは、「魚との知恵比べ」といういい方をする人が多い。
もちろん、ほんとうにそう思っている人はいないだろう。なんたって魚の脳みそは、小指の先ほどもない小さなものだ。そんな脳と知恵比べだなんて……。
そもそも、イワナは人間と知恵比べなどしないのだ。釣り師を含む天敵からの攻撃には、臆病に逃げるだけだ。けっして勝ろうとはしない。危険を前にしたら、大慌てで岩陰へひそむだけだ。怯えながら。
敵がやってきたらやっつけよう。もっと強い相手がきたら、さらなる武装をして戦おう。そんなふうに考える人間とは、根本的に違うのである。
「釣り人は、ほかの釣り師と知恵比べをしたいのかもしれないな。」
などとつぶやきながら、毛鉤を選び、結ぶ。
今日のイワナは、どんな虫が流れてくるのを待っているんだろうな、と思いを巡らせながら。

そして、一投目。
流れに翻弄される毛鉤に、水中のイワナが動いた。
「おおおっ!」
もう一度。と、二投目。もっと慎重に。
小さなイワナが飛び出してきて、毛鉤をくわえた。
すかさず、ロッドを立てる。
「フィッシュ・オン!」
「メザシ・サイズですね」と、太郎が笑う。
「小さいながらも、一尾は一尾だ!」
こうして、野呂川での愉快な二日間がはじまったのだ。

テンカラフィッシング、初の一尾はメザシ・サイズ。それでも、一尾は一尾。

テンカラフィッシング、初の一尾はメザシ・サイズ。それでも、一尾は一尾。

しかし、この夏はやってくれる。格別に。
大雨が降った日もあれば、酷暑の日々も。町ごとすっぽりとオーブントースターに入ってしまったかのような、昼下がりもあった。
ぼくたちが南アルプスを訪れた日は、ふいの雨も降った。が、日が差すと、標高2000mとはいえ、熱気が後頭部をじりじりと襲ってくる。
しかし、川沿いに吹く風は、いつも頬に心地よい。
手で水をすくい、何度も首筋にかける。
汗かきのぼくは、水が近くにないと不安になるのかもしれない。
ぼくには、多くの川が必要なんだ。
川で遊ぶと、いつもそう思う。

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店長(上)も、太郎(下)も。野呂川に浸透していく。

店長(上)も、太郎(下)も。野呂川に浸透していく。

三人は、それぞれのペースで川とつきあう。気がつくと、ほかのふたりの姿が見えない。
でもだいじょうぶ。夕暮れまではまだまだ時間がある。
日が傾きだして、つぎつぎとイワナが毛鉤に飛び出してくるようになった。
イワナたちの食事時間なのだろう。
そして、ひとつの深い淵で大きなイワナがかかった。
思わず、太郎と店長を探す。大声で呼ぶが、答えるのは水の流れる音だけだ。
どうしてこんなときに限って、太郎がいないのだ。店長がいないのだ。
写真も撮りたい。が、なによりも自慢したい!
両手を広げても足らないぐらいの巨大イワナなのに(てのは、かなり大げさだけど……)。
というわけで、野呂川の巨大イワナは、ぼくの記憶の中にしかいないのだ。
(次回更新へ続く)

釣りにきたものの、イワナを釣ることだけが目的ではない。南アルプスのおいしい水で深煎りコーヒーを淹れる。至福のひととき。

釣りにきたものの、イワナを釣ることだけが目的ではない。南アルプスのおいしい水で深煎りコーヒーを淹れる。至福のひととき。

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ぼくたちの相手を(いやいやながら)してくれたのは、野呂川のイワナたち。感謝!

ぼくたちの相手を(いやいやながら)してくれたのは、野呂川のイワナたち。感謝!