天気晴朗なれど、風強し(八甲田山バックカントリー旅・後編)

天気晴朗なれど、風強し(八甲田山バックカントリー旅・後編)

今日もいい天気だ。 が、バックカントリースキー旅は思うように進まない。 だから、やめられないのだ。

前回の続きだ。 春の八甲田山塊で、ぼくは幸せな日々を過ごしている。 南八甲田山縦走の朝。 これは、2018年4月21日の物語。 20年前に縦走した、睡蓮沼から青荷温泉ルートを行こうとしているのだ。 晴天。 しかし、西から […]

前回の続きだ。
春の八甲田山塊で、ぼくは幸せな日々を過ごしている。
南八甲田山縦走の朝。
これは、2018年4月21日の物語。
20年前に縦走した、睡蓮沼から青荷温泉ルートを行こうとしているのだ。

晴天。
しかし、西からの風が強い。
朝の天気図からすると、この先、風はさらに勢いを増しそうだ。
よからぬことが近づいてくる気配に、あふれている。

天気は最高。「日々のおこないのよさ」を再認識する朝である。

天気は最高。「日々のおこないのよさ」を再認識する朝である。

北八甲田山と南八甲田山の境目になる睡蓮沼から歩きはじめる。
その名のとおり湿地帯だが、この季節はまだまだ沼も雪に覆われている。
ここから南西へと向かい、南八甲田の主峰・櫛ヶ峰(1517m)を目指すのだ。
睡蓮沼が、標高約1000m弱。標高差は、500mちょっと。ピークまでの直線の平面距離は、約5㎞。
テレマークスキー板の滑走面にシール(滑り止め)を貼る。ここから登りは4時間ぐらいかかるだろうか。

 雪に覆われた景色の中を歩くことこそ、ぼくが欲していたことだ。

雪に覆われた景色の中を歩くことこそ、ぼくが欲していたことだ。

気温は高いが、風のせいで、昨日のようにTシャツ姿では歩けない。ソフトシェルのジャケットのファスナーをしっかり締める。
3時間ほど歩くと、櫛ヶ峰の東斜面が目の前に立ちはだかる。
あと、残り標高差は、200mぐらいか。
「登れるものなら、登ってみろ」と、いわんばかりに、山肌を風が吹き荒れる。
台風時のニュース番組を思い起こすような風だ。
「こちら、台風が接近中の潮岬です。まっすぐに立つことができないような風が吹いています。海は大荒れで、波の飛沫が雨と混じって横殴りに吹きつけてきます」てな、感じだ。

いくら地図を眺めても、山をごまかすことはできない。「もっと登れ!」と、景色も地図も言うのだ。

いくら地図を眺めても、山をごまかすことはできない。「もっと登れ!」と、景色も地図も言うのだ。

斜面に、はいつくばるように歩く。ちょっと油断をすると、風にあおられ、転んでしまう。直登できない急斜面をじぐざぐに登るための方向転換(キックターン)が、大変だ。
なんとか頂上までたどり着くが、いうまでもなくピークはさらに風が強い。なにごとにも大げさなぼくだけど、どれほど大げさに書いても、この日の風の強さはそれをうわまわるだろう。
まるで、走る新幹線の屋根の上を歩いているようだ。いや、空飛ぶ飛行機の翼の上で、はいつくばっているような感じか(やはり、ちょっと大げさかな)。
ま、いずれにせよ。シールをはがしたり、滑走の準備をしたり、という作業を雪面に座り込んだまま進める。
帽子や手袋、地図など、隙をみせたら飛んで逃げ出そうとする。お前らも、放浪癖があるのか……。
櫛ヶ峰山頂から青荷温泉へのルートを望むと、ここからはずっと向かい風だという事実をはっきり知らされる。
登っているときからわかってはいたことだけど、その現実に向きあうときがきたのだ。

櫛ヶ峰のでかい斜面が真正面に見えてきた。風はますます強くなってくる。

櫛ヶ峰のでかい斜面が真正面に見えてきた。風はますます強くなってくる。

縦走は、断念することにした。
まっこうからの風を受けて進むのは、無理だ。
この風の中を歩いていく勇気は、ぼくにはない。
登ってきたルートを、滑り降りることにしたのだ。
勇気ある撤退である(こっちの勇気なら、ぼくは有り余るほどもっているのだ)。

勇気ある撤退である。山に歯向かうものではない。

勇気ある撤退である。山に歯向かうものではない。

都会での世間の風当たりの強さに、南八甲田山まで逃げてきたけど、ここでもまた、風の強さに逃げ出す始末である。
これだからバックカントリースキー旅は、やめられない。
荒野では、最後の決定権は人間にはないのだ。
久しぶりに、西風がそのことを思い出させてくれた。
いい旅だった。

 八甲田山バックカントリースキー旅は、こうして終焉を迎えた。「また、来年来い」ということなのだろう。

八甲田山バックカントリースキー旅は、こうして終焉を迎えた。「また、来年来い」ということなのだろう。