1991年のこと。
アコースティック・ギター界では圧倒的に有名なメーカーであるアメリカのマーティン社が、『バックパッカー』と名づけたギターを発表した。
この常識を破ったスタイルをもつ小さなギターは、発売当初から旅するバックパッカーよりも、一般のギター好きのよだれを誘ったのだ。
細身の扇形のギターは、ふつうのギターを作るときに出る端材を利用している、という話だった。
バックパッキングも好きでギターも好きな僕は、すぐさま楽器屋へ走ったのだ。
手に入れたギターは、弾きづらく、音量は小さく、音もしょぼい。それでも、うれしくてうれしくて、いろんなところへと連れ出した。
旅の途上、自分のためだけ、あるいはとなりにぴったりとよりそって座る人のために存在意味のあるギターだ。
そのあとすぐの沖縄から奄美アイランド・ホッピング(島から島へ)・シー・カヤッキング旅へ行くとき、僕は防水バッグに入れたこいつを忍ばせていった。
「スペア・パドルだ」といって……。
出かけるときには楽器を持って、ということをあたりまえにしてくれたギターである。
いま思えば、「トラベル・ギター」と呼ばれるジャンルを世に確立したのもこのギターだ。
そして、1990年代の終わり。
ふた夏に分けて、シー・カヤックで北海道を一周したことがある。それは、のべ約100日にわたる旅だった。
早朝に起き出し、テントを片づけ、出発の準備をしてカヤックを漕ぎ出す。昼過ぎには到着した海岸がその夜の停泊地となる。そんなふた夏を過ごしたのだ(旅の最後は秋になり、雪が降った日もあった)。
そのときも僕は、カヤックの中にギターを積み込んだ。
このとき持っていったギターはバックパッカーではなく、ヤイリ(海外でも有名な日本のアコースティックギターメーカー)の『ラグ』というちょっと小ぶりのギターだ。
(それはそうと、カヤックで北海道を一周した人間は何人もいるけど、ギターを積んで一周した人はいない。たぶん)
バックパッカーにしろヤイリのラグにしろ、ギターを積みこんだのはほんの冗談のつもりだったけど、でも、あのときギターを持っていかなかったら、旅は成就しなかったかもしれない、といまになって思うのだ。
長い旅には、精神安定剤が必要だ。
無駄だと思われるものを持ち歩くと、旅に新しい摩擦が生まれることもある。目的に応じていない道具を持っていくことは、旅をちょっとばかり違う方向へ向かわせるのだ。
ときには間違った方向へいくこともあるけど、その無駄も、いま思えば愉快な経験のひとつだ。
でも、多くの場合は、その無駄により自分自身が軽くなるのだった。
旅へ出るってことは、人生を軽くすることなんだから。