ぼくは、ムササビに生まれるべきだった。
いや。年頭なのだから今年の抱負として、「これからは、ムササビのように生きる!」と宣言するほうがいいかもしれない。
とはいえ、ぼくがムササビのように生きたいと思ったのは、もう三十年近くも前のことなのだ。
はじめて野生のムササビを見たときから、ぼくのムササビ熱ははじまり、いまになっても冷めることがない。そんなやつなのだよ。ムササビってやつは。
ムササビは、本州、四国、九州に生息する日本固有種のほ乳類だ(北海道や本州の高地には、ひとまわり小さいモモンガが棲む)。夜行性とはいえ、昔から日本人とはかかわりの深い動物なのだ。
鞍馬寺の天狗伝説はムササビから生まれた、といわれている。ムササビと遭遇した昔日の人は、正体不明の物体を天狗と名づけたのだ。
それに、ムササビは直径3ミリ前後の正露丸のような糞を樹の上から降らせる。それらが葉っぱに当たるとバラバラと音がする。これが妖怪『砂かけばばあ』の正体だったのでは、ともいわれている。
ムササビと出会うにはちょっとしたコツがいる。が、そのコツさえ知ってしまえば、いろんな場所で遭遇できるのだ。
「こんなところに!」と思うほど、人の生活圏に意外と近い里山に棲む動物である。
が、夜行性の動物である。見ることができるのは、あたりまえのことながら夜だ。
とはいっても、暗くなってからやみくもに探すわけではない。明るい時間に、まずは下調べである。
大きな木には、あちこちに穴があいている。ムササビはそうした樹洞に暮らす動物だ。直径が7センチ前後あれば、ムササビは出入りできる。
まずは、いかにも動物がひそんでいそうな樹洞を探すのだ。
そうした樹洞を見つけたなら、穴の周りを注意深く見る。木の皮がはがれていることがある。ムササビが出入りするとき、爪で引っかかれた跡だ。
さらには、そのすぐ下の地面を凝視する。正露丸のような、黒い糞を見つけることができるかもしれない。
そうした痕跡を見つけたなら、ムササビが棲む確率が高い。
その木の下で、日没までじっと待つのだ。
日没後、30分ほど。いよいよムササビくんのお目覚めである。
顔に白い模様をもつムササビが穴から顔を出す。巣穴から顔だけを覗かせ、しばし外をうかがっている。
が、このときむやみに光を当てると、いやがって(かどうかはさだかじゃないけど)しばらく巣穴にこもってしまうことがある。また、ときにはフリーズしたかのように、じっとしてしまうことも。
夜行性動物にとって、光というのはきわめて邪悪なものなんだろう。
巣穴から出たムササビは、「グルルルー」とけっして上品とはいえないような鳴き声を上げ、がに股気味の後ろ足を蹴るように動かし幹を駈けのぼる。そして、みずからの夜遊びの場所へ向かって、滑空していく。
その姿は美しい。
滑空の速度は、夜空にぼんやりとした残像を残すほどゆったりしている。
小さなテーブルをはさんだカップルが、熱いコーヒーを手に、昨日のできごとを語りあっているようなスピードである。
それはそうと、運よくムササビが棲む樹洞を見つけても、いつもそこにムササビがいるとは限らない。
ムササビは、決まった家をもたない習性なのだ。
夜行性で、空を飛ぶことができ、決まったねぐらをもたない。
夜型で、自由で、放浪癖をもちあわせている。
そんなムササビの生活をのぞき見ると、ぼくだけではなく、だれもが「ムササビのように暮らしたい」と思うはずだ。
男の望むもの(たぶん、女も!)の三つを合わせもっているのだ。
もし、そんな暮らしがおもしろそうだと思ったなら、いっしょにウラヤマへムササビを探しにいかないか。
案内するから!