だれもが幸せになる川~那珂川カヌー旅(後編)

だれもが幸せになる川~那珂川カヌー旅(後編)

震災以降、東北や北関東の川はブルースを抱えたままだ。 でも、風景ののどかさが、そんな憂鬱も吹き飛ばしてくれる。 那珂川は、今日も眠ることなく流れ続けている。

 川の上に出ると、「この先どこへ行くかはわからないけど、たったいまドアを開けたところ」という感覚に全身がつつまれる。  これだ。この感触だ。  流れの中心へと漕ぎだす。パドルを持つ手に、力がみなぎってくるのが感じられる。 […]

 川の上に出ると、「この先どこへ行くかはわからないけど、たったいまドアを開けたところ」という感覚に全身がつつまれる。
 これだ。この感触だ。
 流れの中心へと漕ぎだす。パドルを持つ手に、力がみなぎってくるのが感じられる。
 いつものことながら、川の上に出ると、なにかがはじまるぞという気分になってくる。
 川は、ぼくにとってのパワースポットかもしれない。

「出発っー!」とマーヤが叫び、「ずる休み」男たちは川へ出るのであった。(写真=山田真人)

「出発っー!」とマーヤが叫び、「ずる休み」男たちは川へ出るのであった。(写真=山田真人)

 関東一の清流と呼ばれる那珂川。ゆったりと蛇行した流れに、天然遡上の鮎がわんさと泳ぎ、秋には鮭も遡ってくる。
 川面から両岸を眺めると、これこそが日本の風景だ、と思わせてくれる。
 はじめてこの川を下った30年前、ぼくは関東にもまだこれほどの自然が残された川があったのか、と驚いた。
 自然が残された、というのはあくまでも日本の中で、という意味だ。上流にダムがあることも知っていたし、途中、堰堤や護岸で、大自然とい言葉を使うには、ずたずたの姿ではあった。
 自然の川というよりは、流域にこれほど人が住んでいない川があったのか、という感慨だ。田舎の風景、という言葉ぴったりくる川だったのだ。
 ぼくは、那珂川に正しい日本の田舎を見たような気がしたのだ。
 そして、それは今日も変わりなかった。いや。もしかすると、過疎化がさらに進んでいるかもしれない。

パドルは、武士にしてみれば刀、シェフにとってはフライパン。やたらと振りまわすやつに名人はいない。これらは、インディアン・ストロークのためのシングル・パドルだ。 まん中のパドルは、ぼくが十年以上も前に自作したもの。「一本気(木)で裏表がない」という、わが人生のあこがれを形にしたのだ。

パドルは、武士にしてみれば刀、シェフにとってはフライパン。やたらと振りまわすやつに名人はいない。これらは、インディアン・ストロークのためのシングル・パドルだ。
まん中のパドルは、ぼくが十年以上も前に自作したもの。「一本気(木)で裏表がない」という、わが人生のあこがれを形にしたのだ。


ノルウェイ製のアリー・フォールディングカヌー。組み立て式のカヌーは、どこへでも持ちはこぶことができる。旅する道具なのだ。

ノルウェイ製のアリー・フォールディングカヌー。組み立て式のカヌーは、どこへでも持ちはこぶことができる。旅する道具なのだ。

 悲しい話だが、2011年3月11日以降、東北や北関東の川は、いまだ大いなるとまどいのなかにある。
 訪れる人は激減した。
 鮎を釣る人も少なくなった。地元の人たちも那珂川の鮎を食べなくなった、という。

気に入った川岸へ上陸して、昼ご飯だ。二日間にわたりワイルドワンスタッフがカヌーテーブルに2バーナーを設置し、うまい飯を作ってくれた。ごちそうさま。

気に入った川岸へ上陸して、昼ご飯だ。二日間にわたりワイルドワンスタッフがカヌーテーブルに2バーナーを設置し、うまい飯を作ってくれた。ごちそうさま。

 この先、那珂川はどんなふうになっていくのだろう……。
 そんなことを思っていたら、「だいじょうぶだよ。那珂川はすごく元気そうだし。こうして眠ることなく毎日流れているんだから」と、わがいとしのバウレディのマーヤがいう。
 そしてそういいおわると同時に、マーヤが、あまりののどかさにカヌーの上で寝てしまった。
「川は眠らないから、わたしは寝る」だとさ。
 まわりを見わたすと、いっしょにやってきたメンバーも流れののどかさになにやら眠たげだ。カヌーの上で舟を漕いでいる。

30年近く前、カナダから『ノース・ウォーター』の設立者リンジィ・マーチャントという男がやってきた。そして、いっしょに川を下ったある日、激流にのまれ流されたぼくを、リンジィが助けてくれた。そのときのレスキュー・ロープがこのふたつ。つぎはおまえが人を助ける番だ、とこれらをぼくにくれた。

30年近く前、カナダから『ノース・ウォーター』の設立者リンジィ・マーチャントという男がやってきた。そして、いっしょに川を下ったある日、激流にのまれ流されたぼくを、リンジィが助けてくれた。そのときのレスキュー・ロープがこのふたつ。つぎはおまえが人を助ける番だ、とこれらをぼくにくれた。

 早瀬に目を輝かせ、どきどきし。やがて流れがゆっくりしてくると、あくびをし。
 そんな繰りかえしで一日が過ぎていく。
 うんざりすることがあっても、川に出れば、うれしくなるようなことがその何倍も体験できる。川旅は、いつもそのことを教えてくれる。
 やっぱり川はパワースポットなのかもしれない。
 川にいる時間だけ幸せになっていく。
 二日目の終わりにはだれもが無口になり、顔を見合わせてただ笑うだけなのだ。

完全リラックスのマーヤは、川の流れを子守歌に眠ってしまう。だれもが幸せな時間を過ごした二日間だったのだ。

完全リラックスのマーヤは、川の流れを子守歌に眠ってしまう。だれもが幸せな時間を過ごした二日間だったのだ。