「違いのわからない男」が、荒野でコーヒーを飲むほんとうの理由

「違いのわからない男」が、荒野でコーヒーを飲むほんとうの理由

さまざまな場所でコーヒーを飲んできた。 コーヒーがうまい飲み物であることは、いまさらいうまでのないことだけだけど、ときには飲み物以上の存在感をみせてくれることがある。 旅の途上、ぼくは何度もコーヒーに救われたのだ。

 コーヒーを淹れるのは、ある種、伝統的な儀式のようなものだ。  袋に入っている豆を覗きこむ。豆の色が脳の味覚を刺激する。かすかな匂いが漂ってくる。  適量をとりだし、こりこりと挽く。ふたたび、匂いが鼻をくすぐる。豆を眺め […]

 コーヒーを淹れるのは、ある種、伝統的な儀式のようなものだ。
 袋に入っている豆を覗きこむ。豆の色が脳の味覚を刺激する。かすかな匂いが漂ってくる。
 適量をとりだし、こりこりと挽く。ふたたび、匂いが鼻をくすぐる。豆を眺めたときとは、ちょっと違う香りだ。
 ドリッパーにお湯を注ぐ。ぽた。ぽた。ぽた。ゆっくりゆっくり。膨らんだコーヒー豆から、しとしとコーヒーが落ちていく。生まれたての匂いが立ちのぼってくる。
 ここまで、すでに十分前後の時間が過ぎただろうか。
 コーヒーが入ったなら、あとはどかっと座って、目の前に広がる景色を眺めながら、この悪魔の汁を五臓六腑に染みわたらせていくわけである。

ピクニックバスケットにコーヒーセットを入れ、景色のいいところへ。コーヒーを淹れる時間も楽しむなら、アルコールストーブがベストな選択。そこには、小さな幸せが確実にある。 いっしょに出かけて、春の日ざしに浮かれてみないか?

ピクニックバスケットにコーヒーセットを入れ、景色のいいところへ。コーヒーを淹れる時間も楽しむなら、アルコールストーブがベストな選択。そこには、小さな幸せが確実にある。
いっしょに出かけて、春の日ざしに浮かれてみないか?

 ぼくは、あるときからコーヒーそのものより、淹れる行程をも含めたその時間を楽しむようになったのだ。
 それは、ほんとうにおいしいコーヒーの淹れかたを教えてくれた友人のおかげでもあるんだけど、同時に、さまざまな場面でのコーヒーの味を思い出したとき、覚えているのは味のことではなく、落ちついていった心のことだったからだ。

20年ほど愛用しているミロのドリッパー。残念ながら、現在は発売されていない。3人から4人で出かけるときは、いつもこれを使っている。

20年ほど愛用しているミロのドリッパー。残念ながら、現在は発売されていない。3人から4人で出かけるときは、いつもこれを使っている。

 若き日のあるとき、カナダの原野でものすごく高い緊張感に包まれたことがあった。そのとき、喉がからからになっていることに気がついたぼくは、わざとゆっくりお湯を沸かし、コーヒーを淹れた。もっとも、そのとき持っていたのはインスタントコーヒーだったのだけれど、それでも、その時間と香りのおかげで緊張が解けていくのを感じることができた。
 吹雪のバックカントリーで、下山を焦る気持ちを落ちつかせてくれたのもコーヒーだった。避難小屋へ逃げこんで淹れた一杯のコーヒーが、「なあに、耐えて待つことなんてわけもないことさ」と教えてくれた。
 旅の途中、「もういやだ。すぐに帰ろう」と思ったときも、コーヒーを飲んで、もういちど考えなおす時間をもつことで、心の平穏を取りもどしたことが何度もある。

多摩川源流の「はじめの一滴」を訪れたときは、エスプレッソメーカーを持っていった。ホットサンドを焼き、源流の水で淹れたエスプレッソを味わう。至福のひとときを与えてくれた多摩川に感謝しながら。

多摩川源流の「はじめの一滴」を訪れたときは、エスプレッソメーカーを持っていった。ホットサンドを焼き、源流の水で淹れたエスプレッソを味わう。至福のひとときを与えてくれた多摩川に感謝しながら。

「違いのわからない男」は、コーヒーの味よりも、コーヒーを淹れるという「時間」に救われてきたのだ。
 というわけで、出かけるときは忘れずに!
 コーヒーは、クレジットカード以上に、ぼくにとっては信用(クレジット)がおけるやつなんだ。

春のバックカントリー旅では、GSI/ウルトラライト・ジャバドリップをバックパックから取りだし、残雪コーヒーを。春とはいえ、まだまだ山の気温は低いが、心は確実に温まる。

春のバックカントリー旅では、GSI/ウルトラライト・ジャバドリップをバックパックから取りだし、残雪コーヒーを。春とはいえ、まだまだ山の気温は低いが、心は確実に温まる。