雪が積もっているから行けるフィールドがある。
雪が積もっているから見られる景色がある。
夏は、人の背丈よりも高いブッシュだらけの藪山も、あるいは下草が密集していてとても歩きたいと思えないような場所も、一面が雪に覆われてしまうと、雪の森には大きな木だけが残る。
雪の上の道なき道を歩き、だれも入ったことのない場所で、だれも見たことがない景色を見る。
ふだんでは味わえない楽しみを、雪のフィールドへ探しに出かけるのだ。
人の道を踏み外し、雪深い場所へ出かけるのを得意としている道具がある。
スノーシューだ。
雪の上を歩く靴である。
西洋かんじき、とでもいえばいいだろうか。
そもそもスノーシューの歴史は古く、6千年も前に中央アジアで原型となる道具が生まれた、といわれている。
動物が豊かな地へと移動を続ける狩猟民族は、その道具を履き、中央アジアからスカンジナビア半島へ。
さらに東へ進み、ベーリング海峡をわたり、北米大陸へ。
そして、ネイティブ・アメリカンの使う現在の形に近いものになった。
ネイティブ・アメリカンが使っていたモデルは、木のフレームに牛革で編まれたものだった。
雪の森を歩いてみると、静寂と同時に、不思議な清潔感に包まれる。
光が大きく作用しているようだ。
雪の森には、暗いイメージがない。
下草やブッシュが隠れているせいもあるが、雪、という白く光る絨毯に覆われたフィールドでは、その上にあるすべての物体が、まるでその存在価値を誇っているかのように輝いているのだ。
雪からの光の反射で、物体のすべてのエッジが鋭く光っている。
そうした森の中では、ふだんは気にもとめない一本の木が、雄弁に語りかけてくることもある。
雪の森ならではのことだ。
また、道なき道を歩いているのは、スノーシューを履いた酔狂な人間だけではない。
野生動物たちの多くは、冬の寒さの中でも元気に活動をしているのだ。
そうした動物たちを実際に見つけることはむずかしいが、雪の上に残った足跡(アニマルトラック)などの痕跡(フィールドサイン)は、いろんな場所で見ることができる。
注意深く雪面を探し歩けば、意外とフィールドサインが多いことにすぐ気がつく。
足跡の代表的なものは、ウサギ、キツネ、タヌキ、シカ、カモシカあたりか。
小さなものに目を向ければ、ネズミやリスなどの足跡を見つけることもできる。
また、ブナの樹皮に残されたクマの爪痕に驚かされるだろう。
さらに、木の上にはクマ棚と呼ばれる、ツキノワグマが食事をした跡を見ることも。
こうしたフィールドサインから、動物の動きを想像してみると、まるで彼らの生活をこっそりのぞき見ているようで、あやしくも楽しいものだ。
たとえば、ノウサギの足跡。
足跡をただ追跡をするだけでなく、推理をしながら並んで歩くのだ。
ノウサギはもともとジグザグに走る癖がある。
餌を探しているノウサギは、そのジグザグが不規則だ。
そのことを知るだけで、「あっ、ここで餌を探して右往左往していたな」などとノウサギの様子がわかる。
さらに、ノウサギが立ち寄った場所の小枝の先端がナイフで切ったようになっていれば、それが食べた跡だとわかる。
その場に大きな後ろ足の跡がくっきりと印されていれば、ノウサギが立ち上がって小枝の先を囓ったんだな、とその姿がくっきりと目に浮かぶ。
また、ノウサギの足跡が忽然と消えていることがある。
これは「とめ足」と呼ばれるもので、もと来たところを一〇メートルほど戻り、突然方向を変えて横っ飛びをして休み場である茂みにもぐり込む、という習性をもっているからだ。
「なるほど、この近くにノウサギの休憩場所があるんだな」など思いは巡るのである。
そんなわけで、雪の上では、いつまでも飽きることなく、足跡をどこまでも追いかけてしまう。
というわけで、この遊びには困ったことがひとつ。
寒さや疲れを忘れて、ついつい見知らぬ先まで歩いてしまうことだ。
あげくに雪の森で迷子になって、自分が雪面に残したフィールドサイン(足跡)をたどって、出発地点に帰ることになるのである。