箱根の北西に、金時山(きんときやま)という周囲からちょこんと飛びぬけた山(標高1,213m)がある。
なによりも、山とは思えないほど親しみのあるネーミングに、まずは引きよせられる。
その名前には、小学生のころ毎日歩いた通学路のような親近感をもってしまう。
春になればオタマジャクシを捕り、森に隠れ家を造り、夏は虫を追いかけ、秋には夕暮れに追いかけられ帰路を急ぎ、冬には凍った田んぼでアイススケートもどきをして遊んだ。
そんな情景が、浮かびあがってくる名前の山なのだ。
金太郎伝説をもつこの金時山。
冬のウラヤマ探索に、ふさわしい山だ。
金時山へ登るには、いくつかのルートがある。
ほとんどの人たちは、南側の乙女峠か仙石原の金時神社を起点に登る。
が、ぼくの好みは、北側からのルートだ。
北側にはふたつのルートがあって、足柄峠から稜線を行くコースと、金時山北東山麓の夕日の滝近くの登山道を歩いていくコースがある(途中、丸鉢山で足柄峠とのルートと合流する)。
今回ももちろん、夕日の滝をスタートして金時山へと歩いてみた。
メインは南側からのルートと書いたけど、北側ルートの足柄峠から登る人も多い。
が、この夕日の滝からの道を歩く人はほとんどいない。
NYマンハッタンの演劇でいえば、南側ルートが「ブロードウェイ」で、足柄峠からのルートは「オフ・ブロードウェイ」。
夕日の滝からの道は、さしずめ「オフオフ・ブロードウェイ」という感じである。
なので、ぼくはこのコースを「オフオフ金時」ルートと呼んでいる。
静かな山歩きが楽しめるルートである。
沢沿いからはじまる「オフオフ金時」を延々と登り、じゅうぶんに疲れたなと思ったころ、突然、目の前が広がる瞬間がある。
丸鉢山の展望所だ(山というほどはっきりしたピークではない)。
「おおおおっ!」
この風景に声をあげない日本人はいない(はずだ)。
日本一の山が、そのすべてを惜しげもなく見せてくれているのである。
風呂屋の壁画よりも富士山らしい富士山が、ここにあるのだ。
(銭湯の壁画なんて、もういまの時代ではだれも知らないか!)
ま、いい。
とにかく、この風景を見たいがために、肩で息をしながら「オフオフ金時」を歩いてきたのだ。
ここまでくれば金時山山頂は、もう一息。
とはいっても、ここからが本番で、登山道は急激に標高を上げていく。
道はやがて階段になり、その先にはハシゴがつづく。
ハシゴの数は、十二個。
そのひとつひとつに、「子、丑、寅、卯、……」と十二支の名がついているので、「もうちょっとだ」などと思いながら歩いていける。
山頂からの眺望は、山を登った者だけへのご褒美だ。
ウラヤマとはいえ、周囲の山よりひときわ高い金時山だ。
富士山はもちろんのこと愛鷹山から駿河湾、箱根山最高峰である神山と中腹に広がる大涌谷の噴煙地、カルデラ内には芦ノ湖や仙石原。
この日は、富士山の向こうに南アルプスや八ヶ岳までが顔を出した。
お山の大将「金太郎」気分が存分に味わえた、初冬の一日だったのだ。