荒野の夜では、安堵感の中に溶け落ちていくように眠りたい。
寒い冬なら、なおさらだ。
冬の旅を成就させるには、すぐれたスリーピングバッグが必要だ。
でも、ほんとうにいいスリーピングバッグは、安眠だけではなく、いい夢を見させてくれるものだ。
現代の放浪者は、スリーピングバッグに関しては、幸せ者だ。
重たい毛布を持ち歩かなくてすむ。
軽く、暖かい、良質のダウンがあるのだから。
ウォーム&ドライに勝る夜はない。
乾いているスリーピングバッグが、暑すぎず、寒すぎずの夜を作ってくれたなら、ぼくは春が来るまでずっと眠っているだろう。
あらゆる季節にいろんなスタイルの旅を実践していると、スリーピングバッグの数が増えてくる。
スリーピングバッグには、それぞれに快適使用温度というものがあるからだ。
ようするに、寒いときには中綿がいっぱい詰まったしっかりしたやつ。
それほど寒くないときは、それなりのやつ、というふうに。
というわけで、ぼくもまたいくつものスリーピングバッグを持っている。
体はひとつなのに。
そんななかのお気に入りが、「マウンテンイクイップメント(Mountain Equipment)」というブランドのものだ。
1961年、イギリス・マンチェスター郊外で生まれたブランドである。
登山が大好きなピートとピーターという名のふたりの若者が、クライミングショップを立ち上げた。
しかし、客の入りが悪い。
で、暇をもてあましているのもなんだからダウンのスリーピングバッグでも作ろうか、というのが最初らしい。
やがて、ふたりのていねいな作りのスリーピングバッグが、仲間内で話題になりはじめた。
そして、いくつもの注文が入りだしたのだ。
そこで、ふたりはショップをたたみ、製造のみに集中する。
ピーターは、できあがったスリーピングバッグをテストするため、古い精肉工場の冷蔵室で寝泊まりを繰りかえした、という。
1970年代に入ると、マウンテンイクイップメントの評判は確固たるものとなり、遠征隊への供給もはじまった。
著名なイギリス登山家による70年代の革新的な登頂史は、マウンテンイクイップメントが彼らを強力にサポートしてきた結果でもある、といわれるほどだ。
そしていまなお、多くの会社がファッション性に目を向ける傾向のなか、マウンテンイクイップメント社は、ただひたすらダウンの性能を引き出すことと、機能性を追及することで、ダウンウェアやスリーピングバッグを作っている。
徹底したダウンの品質管理や、独自の研究によって開発した縫製技術など、こだわりを持った製造は、極寒地における比類のないパフォーマンスの発揮によって証明されている。
頑固に、独自の道を歩きつづけているのだ。
ぼくがマウンテンイクイップメントのスリーピングバッグを好きになったのは、こうしたブランドストーリーとはまったく関係がない。
そもそも、それほどのブランドとは知らなかったのだ。
もう20数年前のこと、「ドリームキャッチャー」という商品名のスリーピングバッグに惹かれたのだった。
いい夢が見られそうな名前ではないか。
それを買って以来、いまとなっては長いつきあいとなった。
先にも書いたように、わが部屋にはいく種類かのスリーピングバッグがある。
そのいくつかは、マウンテンイクイップメントのものだ。
で、それらを眺めながら、「今回の旅では、どの寝袋がいい夢を見せてくれるだろう?」と、旅へ出る前に思いめぐらせているわけだ。