SUP事始め、てんやわんや

SUP事始め、てんやわんや

この歳になって、またまた新しい遊びを知ってしまった。 SUP(スタンド・アップ・パドル)である。 海へ川へ湖へ。忙しい夏になりそうだ。

 猛暑の東京。  三人の男は、それぞれの道具を担いで多摩川の河原へとやってきた。  山田まこと(カメラマン=こ […]

 猛暑の東京。
 三人の男は、それぞれの道具を担いで多摩川の河原へとやってきた。
 山田まこと(カメラマン=このページの写真を撮ってくれた)は、フォールディングカヤック(懐かしのファルフォークだ)。
 茨木かずき(シェルブルー)は、パックラフト。
 そして、ぼくはインフレータブルのSUP(スタンド・アップ・パドル=STARBORAD/ASTRO WHOPPER DELUXE)。
 立川から稲田堤までの約15キロ。これで多摩川を下るのだ。

 全長138km。その流域に、400万人以上の扶養家族を抱える多摩川である。
 多摩川とは、いままでもいろんなつきあい方をしてきた。
 源流へ歩いたり、自転車で川沿いを走ったり、カヌーで下ったり、入り乱れているという外来種を知るために釣り竿で会話をしたり。
 が、今回はSUPである。
 SUPはサーファーの乗り物というイメージがあったけど、これを旅の道具と考えてみれば、話は違う。可能性が広がってくるのだ。
 そんな気がする。

 SUPは、美しい。
 そのたたずまいが、美しいのだ。立って漕ぐその姿に、妖艶さを感じることすらある。
 そして、隠し事がない乗り物である。すべてが見えている。どこか無防備さを感じるんだけど、無防備だからこそ水との距離が近いのかもしれない。
 そんなふうに思っていた。
 海上を滑っていくSUPをはじめて見たのは、もう何年も前のこと。そのときから、ずっと気になっていた乗り物だ。

 実際に乗ってみると、やはり思っていたとおり。バランス感覚のすべてを試されているようで、乗り物というより動物とつきあっているような感覚がある(実際は、自分という動物のバランス感覚とつきあっているんだろうけど)。
 足裏の感覚や、体重移動のあやうさがそのまま脳に届いてくる。ついついパドルで水面を抑えてしまう。精神的安定を問われているようでもある。
 生き方にちょっとでも後ろめたいことがあったら、すぐにひっくり返るだろう。なにやらこれは、人生を試させられる板なのだ。
 海や湖はもちろん、川も下ってみるしかないだろう。

 川面に立ちパドルを握ると、初めてカヌーで川へ出たときのことを思い出した。
 ようするに、小さな瀬にびびっているのである。
「新鮮」という感覚とは違うかもしれないが、「初体験」の心ときめき感が充満している。

 だいじょうぶ。こう見えても、ぼくは世界の川を下ってきたんだ。多くの海もパドル一本でわたってきた。

 だいじょうぶ。ぼくは、何度も自分にいい聞かせるのだった。
 そして、つぎつぎと現れる瀬を(小さなやつだが)、ぼくは生まれもった運動神経とセンス、さらには身体能力を総動員して、涼しい顔をして漕ぎぬけていったのだった。
 写真を撮っていた山田まことは、「いやはや、それにしてもはしたない嬌声。おまけにへっぴり腰。お見事でした」などと笑うけど……。

「でもな、まこと。川とつきあうなら、パドリングは下手なほうがいい。へんにうまいとうぬぼれてしまうやろ。傲慢になる。初心者として川とつきあえば、自分が何者かがよくわかるんだ」
 こうして、わが初のSUP川下り旅は、「てんやわんや」ながらも流れていくのだった。

 いずれにせよ。
 数か月後に還暦を迎えるわが身体だが、ぼくは、またまた新しい遊びを知ってしまった。
 まだまだ、立つ!

見上げた青空は、どこまでも青かった。

見上げた青空は、どこまでも青かった。

*写真=山田真人

thanks to
・BIC Sport(EARTH SUP)
http://www.supearth.com/
・STARBORAD JAPAN
http://starboard-japan.com/
・日本リバーSUP協会
http://www.japanriversup.com/