僕の親父とお袋は、和服が好きだった。
お金持ちじゃなかったから、けっしていい着物を着ていたわけではない。子ども時代に戦争を体験してきた世代だから、ぜいたくとはまったく無縁の人たちだ。
質実に暮らし、特別な日に和服を着る、という小さな楽しみを大事にしてきたふたりだ。
親父が死んで、数年がたつ。
ある日、僕は年老いたお袋に「ふたりが着ていた着物で、アロハシャツを作りたいんだけど」と相談した。
もう年を取ってしまい着ることはないだろうけど、それでもお袋にとって着物は大事なものだから、箪笥の中にていねいにしまわれている。
死んでしまった親父の着物は、お袋の手によって、さらにていねいにしまわれている。
お袋はしぶしぶ、かなりしぶしぶ「そうやな。もう着ることもないやろな」と、いくつかの着物を見せてくれた。
はじめに見せてくれたのは、お袋がいちばん大事にしていた大島紬の着物だった。
質素に暮らし、三人の子どもには苦労をいっさい見せず、ようやく貯めたお金で買ったものなのだろう。
この着物を着ていたお袋の姿を覚えているような、いないような……。
(覚えていたい、という気持ちが強すぎて、いまでは「目に浮かぶことにしておこう」と脳が記憶を新しく作ってしまった)
「これをアロハシャツにしていいか?」と、三回ぐらいお袋に聞き直したと思う。
そのたびに、お袋はちょっとばかり考え込んだ。
でも、「ま、ええわ。あんたの好きにしたらええわ」と。
僕は、ちょっとばかりつらい決断をお袋に迫ったのかもしれない。
結局、この二年にわたり、僕は親父とお袋の着物から十枚の再生アロハシャツを作った。
縫製は、プロに頼んだ。
こうして、僕の身体にサイズがぴったりの十枚のアロハ(しかも世界で一枚!)が、いま手元にある。
これらを着るたび、僕は襟を正す気持ちになる。
お袋と親父が、昭和の時代をいっしょに過ごした着物たちだ。
僕はこの着物アロハに、これから新しい物語を作っていく。