子どものころ(「消費税」や「インターネット」という言葉さえなかった昭和のゆったりとした時代のことだ)、西部劇を見て「干し肉」という食べ物があることを知った。見たこともないし、もちろん味の想像もつかなかった。
映画の中で、「今日もまた豆と干し肉か!」と旅を続けるカウボーイたちが愚痴っていた。
「干し肉は旅の食べ物だ」と、少年の心に深くインプットされたのだった。
「この国にはないものが、あっちの国にはあるんだな」と、野菜ぎらいの少年の心を干し肉がわしづかみにしてしまった。
いつかアメリカの大西部を干し肉を食べながら旅したいな、と。
あれから数十年。
酸いも甘いも、飴と鞭も、登りも下りも、干物も干し肉も、それなりに経験してきた。
野菜も好きになったし、肉も魚もかわらず大好物だ。ついでにいえば、ビールと赤ワインも。
で、いまだに思うのは、やっぱり旅へ出るなら干し肉をバックパックの中にひそませておきたい、ということだ。
というわけで「天高く馬肥ゆる秋」に、干し肉を作ってみることにした(いまさらだけど、ここでいうところの干し肉は牛肉を使ったもの。ビーフジャーキーのことです)。
ただ、ここにレシピを書く必要はないだろう。
いまの時代、「干し肉」、あるいは「ビーフジャーキー」で検索すると、インターネット上にはありとあらゆるレシピが紹介されている。
なにを隠そう、僕もそんな数あるレシピの中から簡単そうなやつを選んで、作ってみたのだ。
しかもうれしいことに、干す手間をはぶくためにオーブンを使った干し肉の作り方まで紹介されているではないか。
よかった。僕と同じように「ものぐさ」な人間はほかにもいたんだ(これを干し肉と呼べるかどうかの定義は、とりあえずおいてといて)。
そんなことに勇気づけれた僕は、牛のモモ肉を大量に買ってきて、みりんや塩コショウや赤ワインや出汁醤油やハーブなどなどに漬けこんで、いくつかの味の干し肉に挑戦したのだった。
干し肉の仕上げは、燻煙だ。
しかし、考えてみると燻製もちゃんとしたやつをやったことがない。
そこで土鍋を簡易燻製器としたり、段ボールのスモークハウスを使ったり、と秋の一日を友人たちと過ごすことにしたのだった(燻製未経験者が集まって)。
本来、燻製は保存食として発展した調理法のはず。でも、秋の空気の下に三々五々と食道楽が集まってくると、保存したくても残るはずがない。燻煙の時間も待てない、とばかりに燻製器のふたを開けてはつまみ食いである。
僕は、今日から紅葉の尾瀬を歩きに。
ところが、持っていくための干し肉がない。
オリジナル干し肉を使ってスープを作ったり、トルティーヤに巻いてホットサンドメーカーであぶったり、炊き込みご飯なんかもおもしろそうだ、とたくらんでいたのに……