『ケリーケトル』という、へんな『ヤカン』がある。
見た目は縦長の円錐形で、牛乳を運ぶ容器のようだ。
下にファイヤーベース(小さな焚き火台のようなもの)があり、ヤカンはまん中が筒抜けになっている。この筒抜けが、煙突の役目をするのだ。
そして、この筒状の部分がダブルウォールになっていて、そこの間に水を入れる仕組みである。
煙突がついた小さな焚き火台の、その煙突のまわりに水を入れることができる、というヤカンだ。
「ボルケーノケトル」とも呼ばれている。火山ヤカンである。
なるほど。火山のようなヤカンなのだ。
いいかえれば、ヤカン本体内部で小さな焚き火をしてお湯を沸かす、というしろものである。
燃料はなんでもいい。紙くず、古新聞、小枝、松ぼっくりなど。手元にあるものなんでもかんでも、この煙突から放り込めばいい。
ケトル本体の煙突から上昇気流が生まれることで、燃焼効率はよく、焚き火のうまいへたは関係なく、すぐに火がつく。
ケリーケトルは、1979年にイギリスで生まれたものだ。しかし、そのルーツは古い。
古くからアイルランドの農夫たちが同じようなものを使っていたという話もあれば、第一次世界大戦中にオーストラリアとニュージーランド連合軍が開発した、という話もある。
ニュージーランドでは、『Thermette(サーメット)』という名で製品化されており、その後もアウトドアシーンで長く愛用されているようだ。
また、中東でも同じ仕組みのヤカンがある、という話も聞いた。
サハラ砂漠の旅では、ラクダの糞を燃料にこれでお湯を沸かした、という。
ようするに、世界各国の火遊びが好きなやつがヤカンを作ると、こうなるのだ。
じつは、2007年のひと冬を長野県の雪深い地域の古民家で過ごしたことがある。囲炉裏のある暮らしを送っていたのだ。
そのときに大活躍したのが、ケリーケトルだった。
囲炉裏の上でいつもお湯が沸いているのだ。冬の生活に、これは助かる。
そればかりではない。ケリーケトルの最大の貢献は、上昇気流をかんたんに起こしてくれることである。
囲炉裏とはいえ、室内で盛大に焚き火をすることはできない。室内の囲炉裏では、永続的な小さな火が欲しいのだ。
そのため、囲炉裏の上にいつもケリーケトルを置いていた。こいつがいつも上昇気流を作ってくれるので、囲炉裏はほのかな炭火がいつまでも熾り続けるのだった。
最近はとんとご無沙汰のケリーケトルだったが、火が恋しいこの季節、久しぶりに持ちだした。
コーヒーを飲むために。
先にも書いたように煙突効果で燃焼効率がよく、また熱効率も高い。わずかな燃料で、1リットルのお湯が3分ほどで沸く。
が、そんなことは自慢でもなんでもない。
僕にとって、ケリーケトルはお湯の沸く速さを競うためのヤカンではない。小枝をくべながら、お湯を沸かすという行為を楽しむためのヤカンなのだ。
ゆっくり沸いてくれるほうが、うれしいのだ。