道具というのは不思議なもので、それを使う人間は僕ひとりなのに、知らぬ間に増殖していく。
たとえば、わが部屋の片すみには、パドルが何本も立てかけられているのだ。シングルパドルも、ダブルパドルも。
海外はもちろん、日本でも、いまではいろんなフィールドでカヌーやカヤックが気軽に楽しめるようになった。そのフィールドに見合ったレンタルカヤックがあったり、ガイドサービスがあったり、と便利になってきた。
そうした現地のアウトフィッターを利用することで、カヤックやカヌーといった「大物」道具を持っていかずとも楽しめるようになったのだ。
もちろん、PFD(ライフジャケット)やパドルなど周辺道具一式も借りることができる。
が、カヤックやカヌーの旅にさらなる充実度が欲しければ、パドルだけは自分のものを持っていくといい。
艇(カヤックやカヌー)は、その性能があるレベル以上のものであれば、どんなモデルでもなんとかなる。だが、パドルはそうはいかない。
簡単にいえば(あるいは、乱暴にいえば)、雨具の色やサイズが少々自分に合ってなくてもなんとかなるけど、トレッキングシューズのサイズが足に合ってなければ、山旅は苦痛でしかない。
パドルは、靴まで厳密なものではないけど、「相性」とでもいえばいいのだろうか、いつも手にしているものだけに、好き嫌いによってその旅の印象はずいぶんとかわってくる。
向かい風や大きな波など、とくにつらいパドリング時には、ついついパドルを呪いたくなってくる。「いつものパドルなら、もっと楽なのに」と。
そういえば、カナダのユーコン川、アラスカのグレイシャーベイ、それにメキシコのバハ半島を巡ったときのこと。
空港での入国審査のとき、パドルを持っていると、僕が「何者」かが相手(入国審査官)にすぐ伝わる。
「こいつは、日本からはるばるユーコン川を下りに来たのか」と、いったふうに。
アロハシャツで、ペラペラのサンダルで、バックパックひとつで、ひとり旅で、とたいていの国際空港では厳正な荷物検査を受けてきたぼくだが(ときには別室に呼ばれたりしたこともあったが)、パドルを手にしているだけで、「Have a good trip !」などと笑顔で受け入れられるのだった。
カナダやアラスカなどある種の空港では、パドルはパスポートなのだ。
今回のタイトル「Paddle Your Own Canoe」は、「自分のことは自分でやれ」という意味の英語のイディオムから拝借した。
僕が思うパドルとは……。
「武士でいえば刀。シェフでいえばフライパン。
やたらと振りまわすやつに、名人はいない」