こいつら、「ふつう」じゃない!

こいつら、「ふつう」じゃない!

京都北部の綾部市に『夢のなかの家事』というカフェがある。 へんな家族が営んでいる心休まる場所だ。

 7年ほど前のこと。  京都市百万遍路地裏の不思議な空間に、古いフォルクスワーゲンのバスが停まっていた。その緑 […]

 7年ほど前のこと。
 京都市百万遍路地裏の不思議な空間に、古いフォルクスワーゲンのバスが停まっていた。その緑色のフォルクスワーゲン・タイプⅡのキャンパーは、ブリトー屋だったのだ。
 メキシコ料理が大好きな僕は、迷わず、ビールとブリトーを注文する。
 と、その味は、メキシコの小さな町の屋台で食べたブリトーを思い出してしまうほどの、『不良』の味がしたのだ。その一口で、僕はこのブリトーのファンになった。
 お店をやっていたのは、近持晶子。

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綾部市郊外の古民家を自分たちで改造したカフェ『夢のなかの家事』。

綾部市郊外の古民家を自分たちで改造したカフェ『夢のなかの家事』。

 やがて彼女は、フォルクスワーゲンのブリトー屋を閉め、米粉パン作りに没頭していく。
 自家製米粉パンを、自宅でこつこつと焼きはじめたのだ。なにからなにまで手作りで。
「自分でできることは、自分でやる」、ということに、こだわる人なのだ。
「自分でできることは、自分で……」ぐらいなら「ふつう」なんだけど、さらに「米粉パンを作るなら、お米も自分で作りたい」と、思い悩みはじめるのだ。
 そして一家は、京都北部の綾部市へと引っ越し、米作りをはじめる。
 あるじの近持健太郎も、仕事を辞め、初体験となる農業を。
 そしてそれが「当たり前」と、いちばん面倒な「無農薬」でやりだした。
 彼らの紆余曲折をここに書き出したら、読むのに数年もかかるような物語が続く。やんちゃ娘二人との四人家族は、毎日が「挑戦の日々」だ。
 いや、毎日が「新しい日」だったのだろう。なんせ、がむしゃらに動き続けてきたのだ。
 それは、彼らが夢見る自給自足への道でもあったのだ。

米粉のパンケーキに、自家製ベーコン。よだれかけが必要な店だ。

米粉のパンケーキに、自家製ベーコン。よだれかけが必要な店だ。

 今年の早春(とはいっても京都北部の山沿いにはまだまだ雪が残っている季節だ)、近持家へ、久しぶりに遊びに行ってきた。
 なんと、ふたりがカフェをはじめたと聞いたからだ。
 カフェの名前は、『夢のなかの家事』。
 ずっと前から、晶子が「屋号」にしてきた「ふんわりとした」名称だ。
 店舗も、古民家を改造して自分たちで作ったものだ。
 が、カフェの営業は土曜日だけだ。
「なんで、土曜日だけ?」と聞くと、「それしか無理」という。
 自分たちの生活はもちろん、田畑の仕事、パン作り、家の改良など、忙しすぎるのだ。

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このお店には、時代とは違う方向に風が吹いている。

このお店には、時代とは違う方向に風が吹いている。

 カフェの料理は、パンの原材料である米から野菜まで、ほとんどすべてを自分たちではじめから作っている。コーヒーの焙煎も。
 土曜日のオープンのために金曜日の昼から準備をはじめると、その夜は眠る時間がない。料理の下準備をし、パンを焼いていると朝になってしまう、というのだ。
 そして朝には、もっちりと焼きあがった米粉パンやサンドイッチ、パンケーキなどを目当てに、お客さんがやってくる。結局、金曜日の朝から土曜日の夜まで眠らず過ごすことになるのだ。
「なんで、そこまでがんばれるんや?」と聞いたら、「貧乏やから、自分らでやるしかないねん」と、晶子が笑う。
 結局のところ、「全部、納得のいくところまで自分らでやりたいねん」と、ふたりが声をそろえる。
 起きたまま夢を見たいから、寝ている時間はない。そうした生き方を選んだふたりなのだ。

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レイドバックした空間なのだ。

レイドバックした空間なのだ。

 明日から、僕は琵琶湖へ行く。
 WILD-1との共謀イベント『ムササビの夜』のために。
 湖北のイベント会場から綾部市は、2時間もあれば行ける。
 帰りに寄ってみようかな、と思ったけど、やっぱりやめておくことにした。
 この時期、彼らは田植えで忙しいはずだ。
 なので、「またまた会いたいところやけど、行くと田植えの手伝いをさせられそうやから、今回はやめとくわ。また!」と、電話しておいた。

近持健太郎、晶子。それにやんちゃ娘の縁と紬。

近持健太郎、晶子。それにやんちゃ娘の縁と紬。