今日もウォーキング・スタッフに寄りかかって!

今日もウォーキング・スタッフに寄りかかって!

ぼくにとって歩くときの相棒は、まさに「棒」なのだ。 ウォーキング・スタッフ(杖)である。 自作のものから市販のものまで、いろんな杖と旅へ出たのだった。

“ほとんどのウォーカーはウォーキング・スタッフ(杖)の使用など考えてもいないようだが、わたしは背負うべき「家」 […]

“ほとんどのウォーカーはウォーキング・スタッフ(杖)の使用など考えてもいないようだが、わたしは背負うべき「家」の土台に杖を加えるのを、いささかもためらわない。バックパックを背負うときは、自動的にウォーキング・スタッフを手にするのだ。”
 前回のこのブログで紹介した『遊歩大全』に、コリン・フレッチャーはこんなふうに書いている。

 こうした文章を20代後半に読んだぼくは、それからは、どこへ行くにもウォーキング・スタッフがいっしょだった。『遊歩大全』に書いてあったように、竹で自作してはぼろぼろになり、という繰りかえしだった。
 あるいは、トレイルヘッドで適当な木を探し、それを一日中持ち歩いたこともある。
 山歩きでウォーキング・スタッフがないと、ぼくにとっては「温泉だと思って裸で入ったら、温水プールだった」というぐらいの居心地の悪さがある。

わたくしのウォーキング・スタッフ・コレクション。 左から、コールオブザワイルドのダブル・ポール。布袋竹の杖。黒竹をもらったので自作してみたやつ。いつぞやの山旅で拾った木(材の種類は不明)。竹で作ったシンプルなスタッフ。20年以上も使っているトラックス(アメリカ製)のスタッフ。遠くに見える山の高さを測ることができる目盛りのついた杖。その使い方も、いつどこで買ったかも忘れてしまった。

わたくしのウォーキング・スタッフ・コレクション。
左から、コールオブザワイルドのダブル・ポール。布袋竹の杖。黒竹をもらったので自作してみたやつ。いつぞやの山旅で拾った木(材の種類は不明)。竹で作ったシンプルなスタッフ。20年以上も使っているトラックス(アメリカ製)のスタッフ。遠くに見える山の高さを測ることができる目盛りのついた杖。その使い方も、いつどこで買ったかも忘れてしまった。

 もっとも、世間ではいまやシングルの杖より、ダブル・ポール(トレッキング・ポール)が主流だ。コリン・フレッチャーもびっくりするだろうほど多くの人が、ダブル・ポールを持ち歩いている。
 ダブル・ポールは、山歩きの必需品的存在となった感がある。

 使い方に関しては、多くを語る必要はないだろう。
 ダブルにしろシングルにしろ、楽しげに、リズムよく歩けばそれでいい。
 登りは短めに、下りはちょっと長く。でも、セオリーなんかは、無視すればいい。
 ただ、新しいアイテムを持つとついつい頼りたくなるので、はじめは両腕が疲れるかも。
 そんなときは、「短すぎかな?」と思うほどポールを短く持ってみればいい。案外、それがちょうどよかったりするから。

コールオブザワイルドのダブル・ポール。昨夏の17日間におよんだ北アルプス縦走旅は、すっかりこのポールのお世話になった。重たいバックパックで長い距離を歩くなら、ダブル・ポールを持っていくほうがいい。 シャフトには、トラブルの対処になにかと役立つダクトテープを巻いている。

コールオブザワイルドのダブル・ポール。昨夏の17日間におよんだ北アルプス縦走旅は、すっかりこのポールのお世話になった。重たいバックパックで長い距離を歩くなら、ダブル・ポールを持っていくほうがいい。
シャフトには、トラブルの対処になにかと役立つダクトテープを巻いている。

 もし、「ダブル・ポールとシングル・ポール、どっちが便利か?」と聞かれたなら、すかさずダブルとぼくは答えるだろう。
 ダブル・ポールはすべてが理にかなっている。ほ乳類が歩く本来の姿である四つ足で移動できるだから。
 昨夏の長かった北アルプス縦走旅は、ダブル・ポールを使った。機能を最優先させた旅だったからだ。

最近のお気に入りは、竹のこの二本。上の布袋竹の杖は、某所で見つけて発作的に購入。焼きごてでネームを入れ、穴をあけ革紐をつけた。自然素材のスタッフは、山歩きを優雅にしてくれる。

最近のお気に入りは、竹のこの二本。上の布袋竹の杖は、某所で見つけて発作的に購入。焼きごてでネームを入れ、穴をあけ革紐をつけた。自然素材のスタッフは、山歩きを優雅にしてくれる。

 でも、ぼくはいまでも、ほとんどの山歩きはシングル・ポール、いわゆるウォーキング・スタッフで出かけている。
 それは、ダブル・ポールが機能的すぎることに、反抗しているからかもしれない。
 ダブル・ポールは、いってみれば、学級委員とか生徒会長みたいな感じかな。いいやつなんだけど、おもしろみがない。
 ぼくはといえばいまだ、学校や仕事をさぼることに、注意する側より、注意される側にいたいと思っているのだ。
 そうしたスタンスもスタイルも、圧倒的にシングルのウォーキング・スタッフが似合うのだ。

竹のスタッフは、先が割れたり削れたりで、すぐだめになってしまう。そこで、丸棒を削り竹に差しこみボンドで止め、その丸棒にステンレスの木ねじをねじ込むことで耐久性を高めた。使い捨てと考えればいいだろうけど、貧乏性なんだよな。 電車やバスの中では、椅子の脚につけるキャップを装着(写真右)。

竹のスタッフは、先が割れたり削れたりで、すぐだめになってしまう。そこで、丸棒を削り竹に差しこみボンドで止め、その丸棒にステンレスの木ねじをねじ込むことで耐久性を高めた。使い捨てと考えればいいだろうけど、貧乏性なんだよな。
電車やバスの中では、椅子の脚につけるキャップを装着(写真右)。

 そういえば、茨木のり子さんが、「倚(よ)りかからず」という美しい詩を書いている。
 でも、ぼくは一本のウォーキング・スタッフに寄りかかって、世の中を斜めから眺めていたいのである。

20年以上使っているトラックスのウォーキング・スタッフ。グリップは、南の島に流れついた紫檀の流木で、友人が作ってくれたのだ。しっとりとわが手になじんでいる。日本各地からアラスカやニュージーランドの山まで、このスタッフとはいろんなところへ出かけた。

20年以上使っているトラックスのウォーキング・スタッフ。グリップは、南の島に流れついた紫檀の流木で、友人が作ってくれたのだ。しっとりとわが手になじんでいる。日本各地からアラスカやニュージーランドの山まで、このスタッフとはいろんなところへ出かけた。